Copyrighted:山田洋次・ゆでたまご対談

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2008年10月26日 (日) 00:19時点における最新版

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オリジナル: 構成・吉田薫「対談 山田洋次監督×ゆでたまごさん」『男はつらいよ・寅次郎の告白 パンフレット』松竹株式会社事業部、1991年12月23日、8-11頁。
寅さん」と「キン肉マン」。この不思議な組み合わせには、実は深いつながりがあるのです。漫画「キン肉マン」の作者ゆでたまご(ゆで=嶋田隆司氏=原案、たまご=中井義則氏=作画)のお二人がまだ高校生だった時、「少年ジャンプ」の赤塚賞に投稿。山田洋次監督は、その審査員の一人でした。そして監督の高い評価によって、彼らはプロデビューを果たしたというわけです。二十三年間撮り続け、ギネスの記録更新中の映画監督と、十三年間のロングセラーを続ける人気コミック作家たちの「作り手はつらいよ」のお話です。

一作一作、手仕上げの良さを大切に、「寅さん」は二十三年目。しっとりとした潤いは今も昔も変わりません。

ゆで 僕らは映画が大好きなんですね。このシリーズは、ほとんど観ています。

たまご 特に好きな作品は、大竹しのぶさんと中村雅俊さんが出演した「寅次郎頑張れ!」(第二十作)です。この頃ちょうど「ロッキー・1」が公開されました。

山田 ああ、昭和五十二年でしたっけ。

たまご 「ロッキー」でも恋とか愛がテーマにとりあげられ、「寅さん」でも同じようなテーマだったので、よく覚えているんですよ。

ゆで 高校生だったね、僕ら。

たまご 多感な時期だったし、恋で悩んでいたし……。

ゆで 昔の作品もいいけど、僕は最近作が好きですね。「ぼくの伯父さん」(第四十二作)や、「寅次郎の休日」(第四十三作)では、寅さんが満夫と泉の力になる。普段は何の役にも立たないのに「こんな時、伯父さんがいたらなぁ」と、満夫にとってはスーパーマンのような存在になるでしょう。そういうところがいいよな。

たまご 「寅さん」は笑いの中にも泣かせる部分がある。漫画を書く時には、ずい分参考にしているんです。

ゆで キャラクターの性格もよく似ていますよ。寅もキン肉マンの主人公・スグルも、ドジで人が良くて。

山田 警戒心を持たなくても良い相手なんだね。そういう人物には、人が自然と集まってくるんだ。

ゆで 昔の僕は泣かせる部分が好きじゃなかったんです。が、最近わかるようになりました。たまに大阪の実家に帰った時、親と大ゲンカして「もう、東京へ帰ったるわい」なんて言うでしょう?寅の「こんな家に、誰がいるかよ!」とプイと出て行く気持ちと同じなんです。

山田 あのね、「乾いた喜劇」って言葉があるでしょう?僕は監督を始めた頃、その言葉にあこがれがあってね。例えば、チャップリンよりバスター・キートンの方が笑いが乾いているよね。しかし、キートンだと短編映画は出来ても、一時間三十分の映画はできないんです。やはりそれだけの作品にするためには、チャップリンでないと。「寅さん」について言いますとね、脚本を書いているうちにどこかに湿り気が欲しくなるんだよね。良く言えば潤いのある映画……っていうのかな。しっとりした肌触りの作品にしたいといつも思うんです。

ゆで そういえば、監督はいつもシネマスコープで撮っていますね。

山田 好きなんです。

ゆで ヴィスタ・ヴィジョンが流行っている昨今、シネスコ・サイズを観ているとなんだかホッとします。

山田 ヴィスタ・サイズは「フレームの芸術」みたいなこだわりがでちゃうけど、シネスコだと大まかに対象をとらえて観客に選択してもらうことができるんです。僕は特殊なパースペクティブもあまり使わない。基本的に二インチ(五十ミリ)のレンズで、より人間の視覚に近いサイズに仕上げているんです。

たまご その点、漫画は一コマ一コマのサイズを変化させることができますから、映画とは違いますね。

山田 あ、なるほど。でも、望遠レンズを多用するとかワイドレンズにするとか、人によって違うでしょう?

たまご そうですね。新人の頃はついアップ気味に書きたくなりますが。ただ、常に意識しなければいけないのは「どこで誰が何をしているか」という基本です。ロングの場面も必ず入れ、右から左へ流れていく読者の目にスムーズについていけるかという点は心がけていないと。「何があったかな」と惑わせる描き方はよくありません。

ゆで 若い漫画家は映画をビデオでしか観ないから、眼がテレビサイズに慣れちゃって、問題があるんです。

山田 忙しくても、ビデオで済ますのは良くないんだね。

たまご 画面の流れだけでなく、証明効果やアングルなど映画の手法を取り入れると結構スムーズに描けたりしますしね。僕はあまりマメじゃないですが、嶋田は観た作品名や感想などをちゃんと記録してますよ。

ゆで 映画は作品自体の思い出もあるけど、公開された当時、僕たちはこんなことをして世の中はこんな時代だったと、当時の空気も一緒に甦ってくるんです。ビデオだったら、それほど強烈な印象は残らないもの。

たまご そうそう。「寅次郎頑張れ!」の時代は、僕が失恋した直後だった。映画と一緒に彼女のことが思い出されてホロ苦いものを感じますよ、ハイ(笑)。

山田 「寅さん」はもう二十三年目だから、観客はそれぞれの作品にその年の思い出を刻むのでしょうね。こちらとしては映画の中にタイムリーな話題は極力入れず、時代的にはかなり曖昧に作り上げているんです。かつて巨人が優勝したから、その話題を盛り込んで……なんて作り方をしたこともあった。ところが観客には受けないんですね、不思議なことに。このシリーズは画面に「余白」をいっぱい持っていて、現代でありながら現代を感じさせない。観る人が思いを自由に託せる、ある種の時代劇なんです。「余白」って、演技にも大切な要素だと思うな。

たまご 例えばどういう事ですか?

山田 計算して演技する人は、芝居がどこか窮屈なんです。しかし、渥美さんは剣道でいうなら無の構え。「余白」だらけで、どこからでも打ち込めそうに見える。つまり観客を緊張させないんだ。笠智衆さんもそう。ニコニコ座っているだけなんだけど、観客は涙ぐんだりする。俳優の表現しようとしていることとは別な思いが、観客の心を占領するからなんでしょうね。

ゆで 作品を長く続けていると、脇役が力を持ってくることもありますでしょう?

山田 満夫がいい例だね。初めは単なるチビっ子だったのに、今はもう主役みたいに活躍している。

たまご コミックでも、さりげなく登場させた脇役に人気が集まることがよくあるんです。

ゆで その脇役だけで一本の作品が描けたりしてね。人気投票すると、主人公がずっと下の方にいる(笑)。

たまご 空手の達人・ラーメンマンや、ハンサムなテリーマンが上位を占めていますね。

ゆで それもキン肉マンがドジでおっちょこちょいだから、他のキャラクターが際立つんでしょう。脇役が強いと作品自体に力もついてくるし。

山田七人の侍」は日本中の名脇役の集大成です。黒澤監督が言ってたけど「左卜全高堂国典はニンニクみたいな役者。ニンニクだけで一品料理を作ることはできないが、料理にちょっぴり入れただけで味がグーンと良くなる」と。「寅さん」の場合は、レギュラーメンバーが助け合って、おいしい複雑な味を生み出すってとこかな。

「男はつらいよ」の歴史を作り上げてきたのは、愛すべき登場人物たちと劇場に足を運ぶ観客の一人一人です。

ゆで いろんな脇役の中でも、僕は、源公が好きだな。漫画的な人間っていうのか、何やっているかよくわからないところがいい。

山田 源公は顔からして、漫画そのものだからね。

ゆで どこに出てくるかわからないけれど、ヒョイと顔を出すだけなのにとても印象深いんです。

山田 実際の(佐藤)蛾次郎くんは、むしろ常識的な人間です。だから源公の芝居は難しいんですよ。源公はあくまでも漫画的な発想をする人物。当然、動きも漫画チックでないと。

たまご 僕はやっぱり、さくらさん!

ゆで タコ社長も好きだろ?

たまご 彼もいいね。でも、さくらさんは当たり前のところがいいよ。寅がいい年になっても「お兄ちゃん」と呼んでくれる。あの関係はとても羨ましいんです。

山田 きっと寅がお墓に入っても、「お兄ちゃん」と呼びかけるんだろうね。

ゆで マドンナで言うなら、リリーさん(浅岡ルリ子・第十一、十五、二十五作に出演)が好きだな。お互い愛し合っているのに「やっぱり寅さんは私と一緒に居られない人」と最後には別れてしまう。ホロリときます。

たまご シリーズに登場する女性は皆、素敵だよね。

山田 「女性は美しくあって欲しい、優しくあって欲しい、賢くあって欲しい」という男の願いなんですよ。女性の醜さを描く映画なら作らない方がいい。ベッド・シーンも撮りたくないと僕は思っているんです。

ゆで 同感ですね。僕らもエロ漫画を描くのはいやなんです。藤子不二雄さんみたいに、ずうっと子供漫画だけをやりたい。これから子供の数はどんどん減少し、時代も変わるけれど、子供の感性は変わらないはずです。

たまご 僕らが見て、楽しかったものは、今の子供にもウケると思いますから。

山田 子供って、本当にいいものを見抜く力を持っているでしょう? だからこそ最高のものを与えないとダメなんですよ。僕が小二の頃、偶然、名作「路傍の石」(田坂具隆監督)を観たんですが、生涯印象に残っている。当時は古川緑波(ロッパ)や榎本健一(エノケン)の喜劇が全盛の頃だった。その中で山本有三の名前も知らないのに「路傍の石」をいつまでも覚えている。いい作品は子供にこそわかるんじゃないかな。

ゆで ウチの親も「寅さん」は大好きです。大阪の高校生だった僕らが東京に出てこられたのも、監督が誉めてくれたおかげ。それまで「漫画ばかり描いて!」と言っていた親が、監督の評価で上京を許したほどですから。

山田 それは、それは、ありがたいですな(笑)。そうしたお客に支えられている『男はつらいよ』は、日本映画界では特殊な存在かもしれませんね。常連の客がいる、この人たちの気持ちを考えねばならない。そして評判につられて新しく来る客が一方にいる。はじめて観る人も大勢いるんですから。

たまご もう一方ではどうされますか?

山田 毎回観る方のためには「相変わらず馬鹿馬鹿しいお話でございます」といった感じで、安心させねばならない。

ゆで そのバランスが難しいんですね。長くやってると。

たまご 作り手として迷うんです。「もしかしたら、読者はもう飽きているんじゃないだろうか」って。

山田 そういう落とし穴は、食堂の経営も同じようにかかえているんじゃないかな。お客は「少々汚いお店だけど、あそこのラーメン屋はうまい」と思って、その店に通う。ところが作り手は、毎日毎日同じラーメンを出しているものだから麻痺してくるんですね。「もう、この味は飽きられているんじゃないか」と。お客は、まだ飽きていないのにね。

ゆで そう、よく見るとお客は少しずつ入れ替わっていることに、自分たちが気づいてない場合もあります。

山田 で、「内装をきれいにして、メニューも新しくすればお客は増える」と手直しをした結果、逆に失敗することがあるんです。「寅さん」も作り手側がいかに飽きないか、と言うのが課題です。飽きてしまったら辞めるべきなんだ。いや、飽きないということは、むしろ才能というべきでしょうね。

たまご 寅さんは生涯独身なんですか?

山田 ウーム、どうしようかな(笑)。彼はいささかユニセックスだからね。結婚生活の生々しい部分が嫌なんでしょう。今回の「寅次郎の告白」では、マドンナに逆にせまられる、と言う切り札を使っていますが、今後の寅はどうすればいいのか、ぜひ皆さんの声を聞かせてください。うんと年とってヨボヨボになり、いつも縁側に座って「お、いい女が歩いているぞ」と興奮するお爺さんになるかもしれない(笑)。どんなに年老いても、車寅次郎は恋する男だからね。

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